こんにちはキックです。

今回はレシピ紹介はお休みで、僕が約1年間主夫になった時の話です。

現在、夫婦共働きの家庭が当たり前になっていますが、どちらかというとお父さんがメインの大黒柱でお母さんが家事と兼業するスタイルの家庭が多いのではないかと思います。

僕が子供の頃もやはり父が働き、母はパートに出るスタイルでしたのでお父さんが歯を食いしばり一生懸命に働いて家族を養っていくのが尊いことと思っていましたし、実際感謝もしています。

そんな僕が約1年間主夫になった経緯と実際やってみて感じたことを書いていきたいと思います。

そもそもなぜ主夫になったのか?

簡潔に言うと妻の一言、「私の方が稼いでこれる」です。

ガーン😨!!って感じでした。

ただこの一言を妻が口にするまでにも相当な葛藤があったと思うんですよね…。

もう少し詳しく書いていきますね。

退職に至るまでの経緯

僕、実はドイツで三年程調理師として働いていた時期がありまして、その時に妻と出会い、結婚して長男を授かりました。

ちなみに妻は日本人です!

ドイツに永住する気がなかった僕は、「なるべく早く日本に帰り、新たな仕事を見つけて生活の基盤を築かなければならない。」と思っていました。

上司にその旨を告げ、仕事を引き継いで帰国する事になりました。

その時すでに、妻のお腹には次男がいたので僕の実家は神奈川県にあるんですけど、妻の実家が近い方が何かと融通が利くと思い、神戸市に住み始めました。

職探しは1ヶ月もかかりませんでした。

調理師の仕事はすぐ見つかると思っていましたし、実際そうでした。

神戸市内の自分の経験とマッチしそうな3社の面接を受けて、すべて内定を頂き、一番条件のいい1社を選んだという感じです。

週休2日、1日の労働時間は12~13時間くらいで、月給は自分の年齢くらい貰えると行った感じでしたかね、ちなみに僕は26歳から31歳までの5年間勤めました。

残念ながらボーナスはありませんでした、でも僕は調理師としてはまぁまぁいい条件だと思って納得して働いていたんですけどね。

通勤時間を入れると16時間は家を出たきりで、週2日の休みも眠くて家で過ごすことが多かったです。

3年勤めた頃に長女を授かりまして、副料理長にも昇進しました。

妻は子供3人の面倒を見て、僕は料理長に昇進すべくがんばって働く日々が続きました。

ある日のマネージャーとの面談で「早ければ来季から料理長を任せたいと思っている、期待している。」という言葉を頂くと共に、エリアでもっとも忙しく過酷な店舗へ移動を命じられました。

新たな環境の中で副料理長として仕事をこなす日々が始まりまして、無理し過ぎたのか帰宅すると体中に蕁麻疹が出るようになりました。

初めのうちは「なんか痒いなぁ。」くらいにしか思ってなかったんですけど症状が一か月くらい続いたのと、倦怠感と睡眠障害の気が出てきたので心療内科に行ってみたんです。

疲労

先生から「睡眠時間を確保してください、診断書だしましょうか?」と言われました。

僕には「仕事休みたいから診断書貰いに来たんでしょ?」に聞こえたのでちょっとムカついたのを覚えてます。

先生には「生活習慣を見直してみます。」と伝えて帰り、結局自力で治しました(笑)

今振り返るとたぶん自律神経失調症の入口付近にいたんだろうなぁと思います。

妻はそんな僕を見かねて「もう、辞めたら?」って言ってきました。

僕は「いやでも、来季から料理長だよ。今より休めなくなるかも知れないけどね(笑)」と返しました。

妻:「だから言うてんねん。」

少しためらいながら続けて「私の方が稼いでこれる。」

僕:きょとん。

僕:「えっ、稼げるってどれくらい稼げんの?」

妻:「時給で言うたら倍はイケる。」

僕:ガーン😨

妻は前に勤めていた会社からオファーを貰っていたようで、条件は実働7.5h 年間休日数124日 賞与4か月分 その他もろもろという感じでした。

自分がどれほど効率の悪い稼ぎ方をしていたのかを思い知らされましたし、僕には飲食業界の経験しかなかったので仮に転職したとしても今と同じことを繰り返すだけであろうということを数秒で悟りました。

僕:「・・・。・・・。わかった、辞めるよ。代わるわ。」

翌日、退職の意思を料理長に伝え、料理長からマネージャーに伝わり、それはそれはおどろかれるのでした。

妻はドイツから帰国してからの約4年間、家事と育児をしながらずっともんもんとしていたのでしょう。

効率が悪いながらも一生懸命働く僕を立ててくれて、普段一切文句や泣き言を言わない妻が意を決して放った言葉にはすごく重みがありました。

両親世代とのジェネレーションギャップ

昭和の夫婦

退職の意思を会社に伝え、年度末に退職することになったのはいいものの、自分の両親と妻の両親に報告するのが本当に気が重かったです。

会社に言う時は「妻の方が稼げるので」とすんなり言えたんですけど、なかなか重い腰をあげられず先延ばし先延ばししてしまいました。

妻の両親には妻があらかじめ経緯を伝えてくれていたので僕が挨拶に行った時には「少し休んで色々考える時間にしたらいいし、勤めに出ることも家を守ることもどちらも大変なことなので夫婦協力していきなさい。それに孫たちが健康で素直に育っていることがあなたたち夫婦がいい家庭を築いている何よりの証です。」というすごく温かい言葉とご理解を頂きました。

一方僕の両親(特に父)は「お前たちがもう決めたことなんだろう?大人のお前たちが決めたことだから協力はしていくけど俺個人としてはちょっと違うと思うなぁ。」ということでした。

父:「料理長になったらいいじゃないか。忙しくなって女房と子供と顔を合わせなくなっても一時の辛抱さ、俺だって疲れててもお前と遊んできたぞ!」

僕:「それはそうだけど、父さんも言った通りもう決めたことだからしばらく主夫をやってみるよ。」

父は妻の気持ちを考えていないので内心腹立たしくてしょうがなかったんですがまだまだ世間では僕の父のような考え方の人が多いのではないでしょうか。

そりゃあそうです、父は自分が通ってきた道、やり方で家族を養ってきた自負があるからです。

これから家族を養っていく僕としては、父と時代も環境も違うので一緒にするなと思いましたけど(怒)

とりあえず困ったことがあったら協力してくれるということだったので、一応両家の両親の理解は無事えられたということにしておきます。

いざ主夫生活を始めてみたら

僕は仕事を辞めるまで副料理長として精一杯働き、引き継ぎも済ませ会社を去りました。

5年勤めて退職金を10万円頂きました。

安いのか、高いのか相場がよくわかりませんでしたが、頂けるだけありがたい事だと思いました。

子供達は僕が毎日家にいるので喜んでいました。

妻が仕事に出るようになったのですがなにやら様子がおかしい、聞いていた勤務地と違うのです。

詳しく聞いてみたところ、なんと始めにオファーを貰った会社は丁重にお断りして、派遣社員の仕事に就いていたのです!!

両家の両親ともに理解は示していたものの「今のスタイルをずっと、それこそ一生つづけていく訳ではないよね?」と妻に言ってきたらしく妻はいつでも僕と交代できるように派遣社員を選んだそうです(前の僕みたいに長いこと拘束されない仕事)。

なんかはめられたような気分になりましたが、妻としては僕に会社を辞めさせることに成功したのでよかったのでしょう。

逆に次に勤めに出る時のために今の自分にはない新たなスキルや業界のことを勉強していこうとすぐに気持ちを切り替えることができました!

家事、育児の中で大変だったこと

色々あって晴れて主夫になったわけです。

さてここからは主婦業(僕の場合主夫業)の中でも僕が最も苦戦したことを書いていきます。

やらなければならないことって掃除、洗濯、炊事、買い物、育児、その他もろもありました。

炊事

ほとんどの男性は炊事、料理に苦戦されるんじゃないかなと思うんですけど、僕は幸い調理師を10年以上やってたんで楽勝でした!!

もしもこれから主夫になるけど料理が不安というかたがいらっしゃったら、ぜひこのブログのレシピ記事を参考にしてください!

このブログの趣旨をこちらからお読み頂けます↓

プロフィールとサイト説明

お知らせはこのくらいにして次に進みます。

掃除 洗濯

掃除、洗濯は掃除機、洗濯機を使えばなんてことなかったですね、手動で作業していた時代はとても大変だったのでしょう、文明の利器ってすごいです!!

妻は掃除が趣味みたいな人なんで僕のする掃除がテキトーだと思っていたかもしれません。

ちなみにアイロンがけは妻より上手な自信があります。

買い物

続いて買い物です。

買い物も特に問題なかったです、僕の場合はお金を支払って何かを買うという行為がとても気分転換になりました。

特に食料品を購入するときは冷蔵庫の在庫状況とお特品とを照らし合わせ何を作ろうか考えるのが楽しかったですね、得意なことなんで。

ただ平日の真昼間から男性が買い物バッグを肩から下げて歩いていると女性達の視線が頻繁に飛んでくる気がしました。

ポジティブな視線なのか、ネガティブな視線なのか・・・。

育児

前述の通り掃除、洗濯、炊事、買い物は全く苦になりませんでしたが育児だけは本当に大変でした。

うちには3人の子供がいるのですが、主夫をしている当時長男が小1、次男が幼稚園年中、長女が2才でした。

我が子達

次々に迫りくる事件

何が大変だったかと一言で表現するのは難しいんですけど『同時多発テロ』って感じですかね。

(例) 長男(小1)の宿題を見てあげていると長女(2才)がおしっこをもらし、次男(幼稚園年中)が「父ちゃん、ねぇ父ちゃん聞いて、聞いてよ!」と肩を叩きまくってくる。

おしっこの始末を終え、長男の方を見ると風呂も入らず体操着のまま寝落ちしている。

「こんな時間かまずいな、起こして全員風呂にいれてしまわないと」と思い、

「おーい、お風呂入るぞ」と長男を起こそうとしていると用を足してスッキリしたのか長女も寝落ちしている、仕方がないので次男の話を聞いてやる。

まさ『同時多発テロ』。

女性はマルチタスクが得意で男性は一点集中型とよく聞きますけど、こんなにも次々に事件が起こったら誰がやってもしんどいですよ!!

他にも小児科や歯医者に連れていったりするのがケッコー煩わしいかったのを覚えています。

風邪をひくのも一気に全員ひいてくれたらいいんですけど、大抵は一人ずつズレて引くので病院へ行く回数も増えます。

かかりつけの小児科が予約制ではないので待つんですよね、やっと診察が終わったと思ったら薬局でも待つんですよ(泣)

幼稚園という空間がむず痒い

幼稚園ってほぼ女性と園児のコミュニティなんですよ。

職員や先生がた皆女性、お迎えに来るお母さん達、園児、たまに様子を見に来るお父さんという感じ。

僕は『毎日お迎えに来るお父さん』という希少種でしたので他のお母さん方から視線が飛んでくるような気がしていました。

午後2時に長女を連れてお迎えに行っていたのですが、園庭を開放してくれているので1時間くらいは遊ばして帰っていました。

他のお母さん達は世間話をしたり、一緒に園児たちと遊んでいたりしていましたが、僕はほぼほぼ引きつった笑顔を浮かべばながら突っ立ていただけですね(笑)

たまに遊ぶこともありましたけど他所の子をどうやって扱っていいかわからないんですよね。

子供は正直で、とある園児から「どうしていつもパパがきてくれるの?」と聞かれたことがあります。

「今はお休みだから」と答えようとしたのをその子の母親が「こら、そういうことを聞くものじゃありません」と注意していました。

その子の表情は『???』という感じで僕も「ふふふ」と苦笑いを返すことしかできませんでした(笑)

てな感じで幼稚園という空間にいることがなんともむず痒く、正直言ってあんまり好きではありませんでした!

僕と同じように感じる男性は多いのではないかと思います。

当たり前ですが我が子達はとても可愛く、年々手もかからなくなってきていますが育児ってとても大変だと思いましたね・・・。

主夫をやってみてよかったこと

大変だったこともありましたけどよかったこともあります。

それは様々な時間が増えたことにより、心身共に健康になって生き方を見直せたことです!

調理師をしていた頃の僕は家に寝に帰っていただけです、家族と会うのは朝だけで「行ってきます」と出勤して、帰ると皆夢の中。

休みの日は子供たちと近くの公園に遊びに行ったりはしましたけど、眠くて眠くて全然アクティブになれずベンチに座ってぐったりしていたので子供たちは不満だったと思います、もちろん妻も。

主夫生活を始めてからは当たり前ですけど妻と子供たちと過ごす時間がすっごい増えたし、仕事のことを考えなくていいし、今までしなかった分たわいもない会話をするだけで自分の心が軽くなっていきました。

子供達に合わせて自然と規則正しい生活をするようになったことで体も軽くなっていきました。

子供たちを寝かしつけたら自分の時間もとれたので、これからどうしていこうかとじっくり考えたり、本を読んだり、勉強することもできました。

ほとんどの方が生活のために就労していると思います。

もちろん今の僕もそうですが、『会社に売る時間』より『自分の人生のために使う時間』の割合が多い方がいいに決まっています。

調理師していた頃「飲食業界は大抵どこもブラック、うちの会社はいい方」と決め込んで何も考えていませんでした。

会社を辞め冷静になることで時間の大切さにやっと気づけたんです!

妻は正しかった!!

次の仕事が決まるまで

いつかまた就職するにしても調理師に戻るとまた同じことを繰り返しだと思っていました。

かといって一般の人より料理に関しては秀でている自信があったので可能であれば『食』に関わる職に就きたいとも思っていました。

そんな仕事あんまり思いつかなかったんですけど『厨房に立たないとなるとパソコンとかできないといけないよなぁ、苦手だわ』とぼんやり思い、まずパソコンの勉強をすることにしました。

当時の僕がパソコンでできることといえば『インターネットで気になることを検索する』『人差し指でタイピングする』でした(できるうちに入っていない)。

グーグル先生に聞いてみて、これを勉強するといいよとのことだったのでMOSのワードとエクセルの資格を3か月独学して取りました。

あと個人的に興味があったのでフードコーディネーター3級の資格もとりました、調理師免許を持っていると免除される科目もあり簡単でした。

資格をとったこと自体にあまり意味はなかったかもしれませんが、今こうして料理ブログを書くまでになったのでよしとしておきます!

主夫生活を始めてから半年たった頃、子供を寝かしつけてから求人をながめていると『料理教室の講師』の求人に目が止まり、目から鱗というか盲点というか全く頭になかったんですけどこれならやってみたいと思いました。

時間も休みもある程度取れて、『食』に関われる。

履歴書に取得したばかりのMOSとフードコーディネーターの資格ももちろん書いてエントリーしました。

面接当日、大阪駅近くの高層ビルの一室が会場で会社説明会を兼ねていたので50~60名のかたがパイプ椅子に腰をかけていて、更にその日のうちに一次、二次面接まで行い、採用か不採用か告知してくれるという内容でした。

『えっ、こんなに受ける人いるんだ』と内心びびりましたし、受ける前から駄目かもしれないとも思いました。

案の定一次面接で緊張してしまってうまく受け答えができず終了。

『たぶん落ちたなぁ、次の機会があればまた挑戦しよう』と待合室で座っていると僕の前に面接を受けた方々が番号と名前を呼ばれ退出していきます。

僕の番がきて指示にしたがって進み、エレベーターの前まで来ました。

『あ~、ここで帰されるのか』と思いきや「最上階へお進みください」と係の人。

「上??」と思いながら進み、ちょっと豪華なガラス張りの応接室が並んだフロアに着きました。

ガラスの向こうには会社説明で挨拶をしていた女性がチラッと見えました。

『取締役会長』です。

まさかまさかの二次面接スタート!!

会長「調理師をやられてたの?」

僕「はい!」

会長「教える方は問題なさそうね。気が利く方?生徒さんにも色々な方がいるから。」

僕「接客経験は少ないのですが、離職率の高い飲食業界で後輩やアルバイトスタッフに気持ちよく働いてもらえるよう指導してきましたので、自分では気が利く方だと思っております。」

会長「コミュニケーションの方も大丈夫そうね。では頑張ってください、お疲れ様でした。」

終了。

「頑張って下さいとは採用ということ???」

その後別の方から正式に採用告知して頂きました。

意外とあっさり仕事決まっちゃった!

主夫卒業とまとめ!

主夫

僕の仕事が決まったので、また妻と交代することになり、晴れて主夫卒業です!

ただ今回は妻もスポットで仕事を続けるようにしたのが前回と違うところです。

幼児三人いて旦那が全く家にいないのでは妻は働きたくても働けなかったんです。

今回は給料よりも時間を重視したので僕の働く時間は調理師時代より短くなりました。

休日、家事を一通り覚え、体力も余っている僕は家のことをガンガンやって、夕食作りをネタにブログまで書いています!

妻も安心して働きに出ていますし、そのおかげで世帯収入も50万くらいは上がってます。

僕一人で頑張って働き続ける必要なかったんだなってしみじみ思います。

ほぼほぼ私事の羅列で恐縮ですが、僕が身をもってこの記事で伝えたかったことは

  • 『会社に捧げる時間よりも自分の人生のために使う時間の方が大切』
  • 『疲れたら一度立ち止まりゆっくり休むと固定観念から脱却できる』
  • 『家事も仕事もどちらも大変、担当を決めず夫婦で分かち合うと生産性UP!』

です。

仕事、仕事で疲弊してるお父さん、家事育児で疲弊しているお母さんの参考になれば幸いです!

最後までお読みいただきありがとうございました。

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